暮らし

遠州のいきもの観察記 Vol.12

スプリング・エフェメラル ギフチョウ-岐阜蝶-

(2018年3月22日号掲載)

春の女神を探しに

早春。浜松市北区引佐町渋川の山へ向かう。春の女神とも呼ばれる、ギフチョウに出会うためだ。長い冬を終え、野山に春の兆しが感じられる頃からギフチョウは姿を現す。そして草花が勢いを増す頃には見かけなくなってしまう。うっかりしていると見過ごしてしまうような早春のひとときに、ギフチョウは命の輝きを放つのだ。

チョウというと夏を中心に春から秋にかけて見られる種類が多い。しかし、ギフチョウは違う。蛹(さなぎ)の状態で10カ月もの間を土の中で過ごす。そして年に一度、早春のこの時期にだけ発生するのだ。

しばらく山を歩くが、ギフチョウはなかなか現れない。諦めかけたとき、足元からふいに何かが飛び立ち、目の前を通過した。ギフチョウだ!と思う間もなく、それは木立へと消える。着地したはずの場所へそうっと近づき、あたりを探すが見つからない。ギフチョウの翅(はね)の黄色と黒の縞模様は、落ち葉の上や木立の中では同化してしまう。パタパタというはばたきで初めて、カタクリの花でせわしなく吸蜜しているのに気づく。開いた翅をじっくり見ると赤、青、オレンジのアクセントカラーがあでやかだ。体を覆う黄色い毛は春の光をまとっているようにも見える。すぐそばに丸い葉のヒメカンアオイという植物がある。ギフチョウの食草だ。交尾を終えたメスは、この葉に真珠光沢のある卵を10個ほどまとめて産む。

県内最後の砦・渋川

ギフチョウは現在、県内では渋川以外、ほとんど見ることができない。薪炭林など人里と共に生きてきたチョウだ。遠州地域でも都田や磐田原、細江や湖西にも生息していたという古い記録が残る。しかし、薪炭林(しんたんりん)の利用がなくなり、開発や拡大造林でその生息場所は失われた。またその美しさゆえ、乱獲の脅威も追い討ちをかけた。

春の落葉樹の森は、光が地面まで届く。そんな場所に生える植物をギフチョウは食べて暮らす。渋川の山は蛇紋岩質(じゃもんがんしつ)のため、高木がまばらで明るい。エサとなる植物も豊かだ。ここはギフチョウにとって県内最後の砦といえるのだ。浜松市は条例を定め、食草、卵、幼虫を含め、ギフチョウの捕獲を禁じている。

春先に花をつけ、夏までに葉を落とす植物をスプリング・エフェメラルと呼ぶ。ギフチョウもまたスプリング・エフェメラルだ。このはかないきらめきをいつまでも大切にしたい。

文・イラスト 環境学習指導員 瀬下 亜希