コラム

藤原道生のスポーツマンシップ 講座3

「当事者意識」を持っていますか?

(2018年1月25日号掲載)

経営学の父と呼ばれるピーター・ドラッカーは「ビクトリア朝イングランドの成功は、ミドル・マネジメントの成功にある」という言葉を残しています。

ビクトリア朝イングランド、つまり19世紀の英国は、世界中に植民地を持つ一大帝国でした。なぜ、当時の英国は、それほどまでの力を持つことができたのでしょうか?それはミドル・マネジメントの人材を育てることに成功したからだ――とドラッカーは言うのです。

ミドル・マネジメントは、会社で例えれば課長や係長に当たります。19世紀の英国はパブリック・スクールにおいて、フットボールを通じたミドル・マネジメントの育成に力を入れていました。彼らは近隣で戦争がおきると将校として活躍しました。同じ時期に日本とドイツでは、体育を使って兵隊を育成していました。将校と兵隊の違いは「判断」の有無です。この名残はいまだに日本のスポーツ界で見られるような気がします。

スポーツ経験者であれば誰もが実感することですが、競技中、選手はさまざまな場面で重要な判断に迫られます。ここは味方にパスすべきか、それともシュートするべきか。パスをするなら、誰にボールを託すべきか...。その一つひとつは、自分が決めることであり、その結果に対する責任も自分が負うことになります。

このような判断の連続の中で、選手は自分の振る舞いに対する責任感を持つようになります。そして、自分はチームの一員であるという「当事者意識」を芽生えさせることになるのです。

19世紀の英国はスポーツを通じて「当事者意識」を持った若者を育て、世界中の国々へ派遣しました。彼らには現地で何か問題が起きた時、状況をしっかりと把握し、適切な判断を下して対処する能力が備わっていました。当時は電話もメールもない時代。手紙でいちいち本国の指示を仰いでいるわけにはいかないのです。人任せにして放っておいたら、事態はどんどん悪くなってしまいます。

 翻って、今の日本はどうでしょうか。世間を騒がせているさまざまな企業の不祥事は、責任者の「当事者意識」の欠如と深い関わりがあるように感じます。自分で考え、自分で決める人間を育てる――これこそが、スポーツに課せられている大きな使命だと思っています。