コラム

杉山孝男の人間学-25

アタフタするは、下策なり!

(2017年7月6日号掲載)

「待てば晴れる。待たざれば沾濡(てんじゅ)する」(言志四録・げんしろく)とあります。沾濡とは潤い濡れること。雨が降る時には心静かに待っていれば晴れます。待てないから濡れることになります。

子供でも理解できる内容ですが、いざ教えを実践するとなると肚(はら)が据わった人物でなければ対応できません。

これ故に「言志四録」の著者・佐藤一斎(いっさい)先生は別句で「処し難きのことに遭わば、盲動すること得ざれ。すべからく幾(機会)の至るを伺いて、これに応ずべし」と述べています。

戦乱の世を統一した徳川家康には、「自爆型の性格の者には、組織は任せぬ」という臣下登用法があります。自爆型の人物とは、忍従の我慢ができない少器量の者です。

さらに幕末の秀才で、ペリー再来時に密航を企て投獄された吉田松陰には、「かくすればかくなるものと知りながら、止むに止まれぬ大和魂」という句があります。人生には自分の生き様を優先して、百も承知で自ら墓穴を掘る道に突き進まなければならない場合があります。

人生の選択に遭遇した時に、決断実行も勇気が要りますが、決断待機はより大きな勇気が必要です。ここに掲げた一斎・家康・松陰の言葉は三者三様ですが、前二者は天寿を全うしていますが、松陰は若さ故に江戸に送られての刑死です。

最後に維新の英雄・西郷隆盛の桁外れに大きい艱難対処法を紹介します。「人は天理自然の道を踏むものなれば、艱難に逢うとも、その事の正否、身の死生には関係なきものなり」。このレベルになると、待つとか待たないの次元でなく、さらに結果の良否なども関係ありません。

江戸末期の禅僧・良寛さんにも「災難に遭う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候。これは災難を逃るる妙法にて候」とあります。アタフタするは下策なりという尊い教えです。