教育

母校の自慢行事 第57回

浜松市立北小学校

(2017年3月9日号掲載)

今年度で閉校となる浜松市立北小学校には、なんと校歌が二つあります。さらに、最近になって「三つ目」があることも判明。子どもたちは今、閉校式で歌う校歌の練習に励んでいます。

校歌が三つもある?歴史が生んだミステリー。

浜松市立北小学校は今年度で閉校となり、元城小学校と統合。95年の歴史に幕を閉じ、4月から浜松中部学園として新たなスタートを切ります。


そんな中、子どもたちが練習しているのは、閉校式で歌う校歌。同校には「校歌」と呼べる歌が二つあり、式では子どもたちが二曲ともに歌います。


普段はあまり歌う機会がない「北校のよい子」を、閉校式に向けて練習する子どもたち
北小学校の校歌について調べている元井さん。「校歌の歴史について知っている人は連絡ください」と話す。
053-471-1827

現在の校歌は昭和13年、当時の校長先生の提案によって作られました。ところが、戦時中の空襲で浜松の中心部は焼け野原に。駅からほど近い北小学校も大きな被害を受けました。


戦後の混乱で校歌も消失し、昭和33年になって新たな校歌が作られました。この歌は昭和52年までの19年間、正式な校歌として歌われてきました。


ところが、昭和53年、突如として元の校歌が復活。戦後に作られた校歌は「北校のよい子」というタイトルがつけられ、記念式典などで歌われるようになりました。


つまり、同校の卒業生は、通っていた年代によって歌った校歌が違うということになります。親子三代で同校に通っている高山真侑さん(6年)は「お母さんとおばあちゃんは『北校のよい子』が校歌だったから歌えると言っていました」と証言します。


さらに昨年、新たな事実が判明しました。「実は二つの校歌の間には、もう一つ別の校歌が作られていました」。そう話すのは同校の卒業生で、閉校の記念誌を編集している元井道和さん。調べてみると、昭和29年から32年の4年間だけ歌われた校歌があったことが分かりました。


「作られた経緯やメロディーは不明ですが、歌詞はその後に校歌となった『北校のよい子』に少し似ています。二代目ともいえる校歌が、短期間でなぜ消えたのか。初代の校歌がどうして突然復活したのか。もし卒業生で経緯を知っている人がいたら、ぜひ教えてほしい」と呼び掛けます。


閉校式は3月26日。残すところあとわずかです。大石紗菜さん(6年)は「今の校歌はみんなが知っている一番好きな曲。『北校のよい子』もなじみやすくて歌いやすい歌です」と練習を楽しんでいる様子。歴史が生んだ二つの校歌を、当日は会場いっぱいに響かせます。


北小学校の歴代校歌(すべて1番)
初代(昭和13年~、昭和53年~現在)

なりわいの 日々にさかゆる
浜松にわれら 生い立ち
友垣の 心むすびて
かよいくる 北のまなびや

二代目(昭和29年~32年)

吹けや北風 三方が原の
萩にこぼれる露ではないぞ
我らは若草 日本の未来
強く正しく伸びるのだ
高く高く 自由と愛の
鐘うちならす
ああ 浜松北小学校

三代目 現・北校のよい子(昭和33年~52年)

三方原の北風に 北風に
吹かれて育つ 春の芽よ
ぼくも 私も 小さいけど
きっと伸びます
咲かせます 咲かせます