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シリーズ65 浜松市制100周年(31) 初代民選市長

市制100周年を迎えた浜松がどのように発展してきたのかを紹介するシリーズ。今回は初代民選市長・坂田啓造の政治力についてです。 (2012年2月23日号掲載)

市営球場、こども博、動物園… 敏腕市長の4年間

doira120223A.jpg 戦後は民主的な憲法や地方自治法が制定され、県知事や市町村長も住民の直接選挙で選ばれるようになりました。その記念すべき第1回の浜松市長選挙は、昭和22年(1947年)4月に行われ、今の南区東若林町出身の坂田啓造が当選、初の民選市長となりました。

坂田は東大法学部の政治学科卒で数県の警察課長や学務課長を歴任するなど行政のベテラン、当選後の会見では「浜松市の復興と市民生活の安定に傾注していく…」と語りました。浜松再建の柱であった復興都市計画では一部の市民の反対(※)もありましたが、多くの市営住宅の建設や全焼した小学校の復興、昭和22年4月に開校した7つの中学校の建設や整備に全力で取り組み、任期中にこれを成し遂げたのです。

doira120223B.jpg 戦後の野球ブームを受けて、昭和23年(1948年)には浜松市営球場をつくり浜松でプロ野球が楽しめるようになりました。また、水泳の古橋広之進選手の活躍を受けて浜松市営プールの建設に踏み切り、突貫工事で昭和25年(1950年)7月に完成。古橋や多くのアメリカ人選手を集め8月には日米交歓水上大会を開催しました。この1カ月後には子供たちに夢を与え、科学知識を養おうと浜松城公園内で浜松こども博覧会を開催。多くのパビリオンとともに動物園も併設し、子供たちに人気の象もやってきました。同年11月には東海一といわれた浜松市立図書館が開館。この昭和25年は戦争の痛手から立ち上がる浜松にとって記念すべき年となりました。坂田市長は4年間の任期中にこれだけの事業をやり遂げた“すご腕”の持ち主でした。

※例えば、今の浜松市役所東側の道路は計画では幅員50mでしたが、反対運動の激化で36mに。そのほか駅南や多くの地区では都市計画そのものへの反対も

(協力/浜松市史編さん執筆委員 鈴木正之さん、写真はともに浜松市立中央図書館所蔵)

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