暮らし

遠州のいきもの観察記 Vol.1

アカマツの林に暮らすセミ ハルゼミ -春蝉-

(2017年5月11日号掲載)

え!春なのにセミの声?

爽やかな風が吹き抜け、緑のみずみずしさが目に優しい季節。天空からはオオルリのキラキラとしたさえずりが降る森で「ジーワジーワジーワジーワ...」と低く控えめに、ちょっと機械的にも感じる、聞きなれない声が森に響きわたる。何の音?と不思議に思うような種類の音色だ。

その正体はマツの林に暮らすセミ、ハルゼミだ。その名の通り、セミの中でもいち早く、4月下旬から鳴き始め、真夏になる前の6月下旬には姿を消す。ハルゼミは、マツに産卵し、マツの根っこで幼虫時代を過ごし、マツの幹で羽化し、そしてマツ林に声を響かせる。季語では松蝉とも呼ばれる。ヒグラシにも似た形の、透明な翅をした黒っぽいボディ、小さめサイズのセミだ。色は木と同化してしまう上、高いところにとまっているので、声はすれども、その姿を見るのは至難の技だ。

ただその存在は、抜け殻でも確認できる。2.5センチほどの大きさの、明るい茶色をした、細身な印象の抜け殻だ。アカマツ林で鳴いているのはオス。メスは鳴かない。ということは聴こえる声よりも多い数のハルゼミが羽化しているはず。夜、地中から這い出した幼虫は、えっちらおっちら木をよじのぼり羽化をする。やや肌寒い夜のアカマツ林のあちこちで静かに羽化する風景を想像するのも楽しい。

マツ林はパラダイス

静岡県西部地域では、かつてアカマツ林がそこここにあったそうだ。その地域に暮らす人々はアカマツ林でゴカキと呼ばれる落ち葉かきをし、堆肥をつくり、オクド(カマド)へくべる燃料を得た。よく手入れされたアカマツの林では秋にはマツタケが南京袋にあふれるほど採れ、人々の生活を支えてくれた。ハルゼミの暮らすアカマツ林は地域の人々によって保たれてきたと言えるのだ。

しかし今、まとまったアカマツ林は減少している。時代とともに生活様式は代わり、アカマツ林の手入れをする人はいなくなった。マツ枯れも大きな要因だ。アカマツ林が減り、ハルゼミも暮らしにくくなったろう。 現在、まとまったアカマツ林が残るのは浜北区にある静岡県立森林公園だ。ここでは今、一歩園内に足を踏み入れば、あの不思議な声が体験できる。かつてのアカマツ林や人々の暮らしに想いを馳せてみるのも一興だ。

文・イラスト 環境学習指導員 瀬下 亜希