暮らし

遠州のいきもの観察記 Vol.13

春を告げるトンボ ベッコウトンボ-鼈甲蜻蛉-

(2018年4月5日号掲載)

鼈甲(べっこう)色の体

ポカポカ陽気が心地よい4月。磐田市の桶ヶ谷沼では、小さな生きものたちの活動が一斉に活発になる。腰ほどの草丈の茂みを歩く。草むらからふわりと飛び立ったトンボを発見!すかさず翅(はね)の模様を凝視。黒っぽい斑紋。やった!ベッコウトンボだ!1頭見つけると、そばにいるのが次々と見つかる。

ベッコウトンボは、シオカラトンボの胴体部分を少し太くしたようなシルエット。オスの体は黒っぽく、メスと羽化して間もないオスは、黄色い体に黒いラインが入っている。地味な印象のトンボだ。でもその特徴は翅にある。無色透明な翅を持つトンボが多いなか、ベッコウトンボの翅には、こげ茶色で独特の形をした斑紋がある。全体的な配色が鼈甲(べっこう)を思わせるため、この名がついている。

「真っ先に沼を飛ぶのがベッコウトンボなんだよ。それを見ると、うわあ、春が来た〜!って。それがそこらじゅうにいてね」そう語るのは1970〜80年代の桶ヶ谷沼の風景を知る方々。この沼では、これまでに70種ものトンボが見つかっている。そのなかで、春一番に水から上がり成虫になるのがベッコウトンボなのだ。ベッコウトンボの羽化期間はシオカラトンボなどと比べて短く、4〜5月の春先だけだ。そして6月を過ぎる頃には、その姿は見られなくなってしまう。ベッコウトンボは桶ヶ谷沼に春を告げるトンボなのだ。

自然の宝庫 桶ヶ谷沼を未来へ

ベッコウトンボは今、全国的に絶滅の危機に瀕している。現在、ベッコウトンボが安定的に見られる場所は、桶ヶ谷沼のほかは、山口県と九州の三ヶ所のみ。沼地や湿地が次々と埋め立てられてきたことが大きな原因だ。ベッコウトンボは、そばに草むらがあり、ヨシやマコモという植物がまばらに生え、隙間に水面が見えるような浅い水辺を好む。しかしこうした環境は、次第に水面が草で埋め尽くされるなど変化しやすい。

桶ヶ谷沼では、この自然を大切に思う方々により、1970年代から地域ぐるみで保全活動が進められ、守られてきた。しかし、外来種による生態系への影響など、課題も多い。

「以前は沼べりを歩くと体にトンボが痛いほどぶつかってきてさ」その頃は、沼の周りは今のように暗いシイの林ではなく、明るいマツの林だった。かつての桶ヶ谷沼の風景を目指し、今も保全の取り組みは続く。ベッコウトンボをはじめとする自然の宝庫を未来へ引き継ぐために。

文・イラスト 環境学習指導員 瀬下 亜希