暮らし

遠州のいきもの観察記 Vol.16

日本一小さなトンボ ハッチョウトンボ -八丁蜻蛉-

(2018年7月5日号掲載)

小さいながらも一国の主!

初夏の昼下がり、細い線のような草が茂る湿地。その優しい緑色の風景を見渡すと、ぽっと火が灯ったような、彩度の高い小さな赤色に目がとまる。ハッチョウトンボのオスだ。頭からおなかの先までの長さが2㎝ほど。コインサイズの日本一小さなトンボだ。世界的に見ても最も小さい部類に入る。他の多くのトンボ同様、ハッチョウトンボのオスもまた縄張りを張る。細い草の先端にちょこんと止まり、体をピッとのばす。小さいながらも「一国の主だぞ!」と威厳を保とうとしているようにも見える。ただし、その範囲は直径1mほど。他のトンボの縄張りは種によって10mとか50mとか言われるなかで、ハッチョウトンボの縄張りは、これまた最小クラスといえるのだ。これなら見渡すのは簡単なようで、パトロールなどするまでもない。一度、見張り場所にとまると、そこからほとんど移動せず何時間も過ごし、ひたすらメスが通るのを待つ。ときおりふわりと飛ぶが、向きを変え、また同じようなところにとまる。小刻みに揺れ、短い距離をゆっくり移動。その飛び方はどこか弱々しい。この姿から、長距離の飛翔は得意ではないと思われがちだが、離れた場所にできた休耕田に現れるなど、案外、移動性も兼ね備えているらしい。また、他のオスが縄張りへ侵入してきたときも、ここぞとばかりに戦いを挑み、追い払う。ここにも勝気なトンボ魂が見て取れる。

さてメスはといえば、真っ赤なオスとは全く違い、茶色と黄色のだんだら模様。ただでさえ、小さくて見つけにくいのに、草むらでは、その模様が背景に紛れ、目の前にいてもわからないことも。メスは、オスの縄張りに近づいて交尾をする。そして小さな体で水を打ち、薄水色の卵塊を産み落とす。

1日の行動を終えたハッチョウトンボは、縄張りのそばの草むらで眠りにつく。昼間のライバルたちが集まり、集団で眠るのだ。これも小さなサイズの生きものが生き延びるためのひと工夫なのだろう。

繊細な環境に暮らす

ハッチョウトンボは、水深1〜3㎝程度の、しみだすような水が流れ、日当たりが良く、やせた湿地に生息する。湿地ならどこでもよいというわけではない。水深が深くても、また背の高い草で覆われていても暮らせない。条件が揃う繊細な環境を必要とするのだ。静岡県内で見られるのは遠州地域のみ。浜松市浜北区の静岡県立森林公園にはハッチョウトンボの生息可能な湧水湿地環境が、長年の保全活動によって残されている。

取材協力 福井 順治 氏

文・イラスト 浜松市環境学習指導員 瀬下 亜希