暮らし

遠州のいきもの観察記 Vol.28

地域特有の進化を遂げた飛ばない甲虫ミカワオサムシ -三河歩行虫-

(2019年7月4日号掲載)

歩く生活を選んだ虫

探そうとしてもなかなか見つからないのに山道を散策しているとばったり出くわす。そんな印象の虫がミカワオサムシだ。赤みがかった渋い銅褐色の金属光沢を放つ体長3センチほどの甲虫だ。オサムシといえばファーブル昆虫記にも登場する美麗な虫。ミカワオサムシは地味な色だが、それでもその光沢には、どこか心惹かれるものがある。ミカワと名がつくことから察するとおり、天竜川の西側から愛知県で見られる地域特有のオサムシだ。

オサムシは漢字で「歩行虫」と書く。のんびりしたイメージの名前に反し、その動きは素早い。森や雑木林の、落ち葉が積み重なり、決して平坦とはいえない地表を、長めの脚で身体を浮かせるようにしながら、スルスルスルっと大変滑らかに、かつ走るように動く。地を這うことが得意な虫なのだ。

それもそのはず、ミカワオサムシは飛べない虫だ。後翅が退化し、飛ぶ機能はない。彼らの食べ物はふかふかの落ち葉の下に暮らすたくさんのミミズなどの小動物。平べったい身体を落ち葉の下へ素早く潜り込ませて縦横無尽に動き回り獲物にありつく。その生活に飛翔は必要ないようだ。進化の過程で手に入れた昆虫最大の武器ともいえる飛翔能力を使わずして、生きる術を身につけた虫といえそうだ。

地域ごとで違うオサムシ

しかし歩行という移動手段では、大河川や高山を越えるのは簡単ではないようだ。オサムシは地域によって多くの種が知られているが、その大きな理由のひとつに地理的な隔離による影響が挙げられている。静岡県ではアオオサムシ種群という仲間に属するオサムシが複数種確認されているが、これらは大河川を境にしてそれぞれが暮らす。県東部から富士川まではアオオサムシ、県東部から大井川東側まではシズオカオサムシ、大井川と天竜川の間にはカケガワオサムシ、天竜川中流域の水窪から長野にかけてはテンリュウオサムシ、そして天竜川以西、遠州地域にはミカワオサムシという具合だ。ちなみに大きさや多少の色こそ違えど、どの種も外見は似ている。しかし、それぞれ交尾器の形が違うという。

森でひょっこり現れるオサムシが、地域特有の進化を遂げた生きものだと思うと、その輝きが一層魅力的に見えてくる。

文・イラスト 浜松市環境学習指導員 瀬下 亜希

参考文献・「オサムシを分ける錠と鍵」著・石川良輔