暮らし

遠州のいきもの観察記 Vol.42

秋の夜の風物詩スズムシ -鈴虫-

(2020年9月3日号掲載)

音の秘密は翅(はね)にある

盆を過ぎれば聴こえ始める涼やかな音色。日本を代表する秋の夜の風物詩、スズムシの声だ。

スズムシはコオロギの仲間。地上付近や草の混み合った薄暗いところで暮らしている。そのため体の色は黒っぽく目立たない。鳴くのはオスのみ。大きな前翅を背中に垂直に立て、小刻みに震わせて鳴く。前翅の左の翅には「こすり器」、右の翅には洗濯板のような「やすり器」があり、これをこすり合わせているのだ。大きな前翅はその振動を空気に伝える。

遠州の風景を次代へ

私が他地域から遠州地域へ引っ越してきて、初めて迎えた晩夏のことは20年近く経った今も忘れられない。全開にした勝手口から、夜風とともに流れ込んできた「リーン、リーン」というかすかな音。それまで野生の状態では聴いたことがなかった、でも「知ってる」音。まさかと思い、外へ飛び出す。耳を澄ませば、それは地面に近いところから聴こえてくる。手にしたライトでようやく照らし出されたのは、紛れもなくスズムシだ。折り重なる木片の、ちょっとした隙間から見える土のところで一生懸命、翅を震わせている。よく見えないが奥の方にもいるようで別の個体の音も聴こえている。気付けば、近所の混み合った垣根のそこここから聴こえてきたのだ。自宅付近でスズムシが!遠州の自然の豊かさを見たと感じた。

自分にとっての遠州在住初年度は、驚きの連続だった。三方原防風林(北区)と呼ばれる地域の、都田テクノロードを東西に横切る道沿いのマツ林。そばを車で通ると運転席に居ながらにして秋の夜の虫の大合唱が聞こえてくる。その声の数に度肝を抜かれた。スズムシだけでなく、マツムシやクツワムシなど、童謡「むしのこえ」に登場する鳴く虫オールスターズが勢ぞろい。1匹の声の識別が不可能なほどの数。空間ごと虫の音を満喫できた。

時は経ち、今では「むしのこえ」を堪能できたその空間は、南北に走る用水路沿いに整備された公園を除き、東西の道路沿いはさまざまな土地利用が進行中だ。

「むしのこえ」を堪能できる場所。一度無くなってしまうと、これを再生するのはきっと難しいことだろう。遠州はそこかしこに魅力的な自然がある。さまざまな発展と共に、豊かな自然も、上手に次代に引き継いでいくようにしたいと思う。

文・イラスト 浜松市環境学習指導員 瀬下 亜希