直虎の事件簿

直虎の事件簿 File.1

大叔父2人が突然死! 井伊直満・直義謀殺事件

今年の大河ドラマのヒロインは井伊直虎。物語の舞台は浜松市北区の引佐町、地元にはゆかりのスポットが数多く残されている。戦国時代、井伊家に起こった事件を"現場検証"しながら、直虎の足跡を訪ねてみよう。


引佐多目的研修センターの裏に、こんもりと盛り上がった小高い山。標高115mの頂上からは、里に広がる田園風景を一望できる。戦国時代、ここは井伊谷城と呼ばれ、井伊谷一帯を治める井伊家の居城だった。直虎はこの井伊家当主の一人娘として生まれたお姫様だ。

天文13年(1544年)、井伊家にある事件が起こった。直虎の大叔父に当たる井伊直満・直義の二人が、戦国大名・今川義元によって自害させられてしまったのだ!

この事件の容疑者は、井伊家の筆頭家老・小野政直。筆頭家老といえば、家臣の中で最も偉いポジションだ。そんな立場にいる人が、井伊家の主家である今川氏に「直満・直義は謀反を起こそうとしてますよ」と告げ口してしまった。一体、どういうことだろう?

この背景には、井伊家の相続問題がある。当時、井伊家には跡取りの男子がいなかった。そこで当主の一人娘の直虎と、直満の息子・亀之丞を結婚させて、当主の跡を継がせようという話がまとまりつつあったのだ。

ところが、小野政直は直満と犬猿の仲にあった。小野はこの養子縁組を阻止せんと、義元へ密告を行い、直満とその弟・直義を成敗させたというのが通説だ。

井伊谷城跡のふもとにある井殿の塚。ここにある墓は直満・直義のものだといわれている。二人に裏切りの意志があったのか、その真相は藪の中。ただ一つ言えることは、この事件が井伊家にとって、悲劇の幕開けにすぎなかったということだ。(2/9号に続く)

【スポット1】井伊谷の里が一望できる井伊谷城。頂上には土塁などのわずかな遺構が残る
【スポット2】誅殺事件の後、直満・直義の供養のために築かれたと伝わる井殿(いどの)の塚。地元では「いどんど」とも呼ばれている

取材協力/井の国会 石原正美さん