人物

びぶれ・インタビュー

天野 祥子(よしこ)

(2014年11月27日号掲載)

先月、静岡県初のノーベル物理学賞受賞者が誕生。浜松市出身、天野浩さんの素顔を知る母・祥子さんに直撃インタビューを行った。

天野祥子さん秋晴れの気持ちのいい朝。ノーベル物理学賞を受賞した天野浩さんの母、祥子さんは「私は普通の人ですから」と戸惑いながらも、にこやかに取材に応じてくれた。

浩さんが生まれたのは年前、当時の祥子さんは働くお母さんだった。「おばあちゃんが子どもの面倒をみてくれたから仕事と子育てを両立できました。それでもご飯の支度があるから、子どもの勉強なんて全然見てあげられませんでしたよ」。そう言いつつ、浩さんとは「毎日ドリルを1枚やる」という約束をしていた。「夜に私が採点するんですけど、浩は一日も休まず毎日毎日やるんです。そのうちこっちが根負けしちゃって(笑)」。そんな日々を心苦しく思い、仕事を辞めようと思ったことも。すると「小学生の浩が仕事はやった方がいい、と背中を押してくれたんです」。祥子さんは当時を思い出し、目を細めた。

幼い頃はスポーツに熱中していた浩少年。ソフトボールではキャッチャー、サッカーではキーパーとチームの要を果たしていた。その一方で体が弱かった一面もあり、「おなかを壊したり体調を崩したり。本人もつらかったでしょうけど、後に『いろんな人に世話になったから、人の役に立ちたい』と話していたことがありましたよ」。

進学するにつれ、数学にのめり込んでいった浩さん。名古屋大学に進学し、コツコツと研究を続け、ついに恩師・赤﨑勇氏とともに青色LEDを発明。『人のために』という思いが世界規模の恩返しとなり、ノーベル賞を受賞するに至った。一報を聞いて「ノーベル賞だなんて、恐れ多いと思いました。でも、日常生活に貢献できる仕事をしたことは良かったですね」。新聞記事やテレビの報道で知る息子の様子。「インタビューに上手に答えられるか心配ですよ(笑)。でも私がメールをするとすぐに返信をくれるから安心。体を壊さないようにして、また研究する日常に戻れるといいなと思っています」

働く母親としての暮らしを振り返れば「いつも何かに追われていた」。当時は、今のように育児休業などの制度も不十分。「今は女性も社会進出が認められている時代です。男女を問わず、みんな自分の能力を生かせる分野で活躍してほしいです。頑張って!」

【PROFILE】
浜松市生まれ、浜松市在住。公務員として働きながら夫とともに、二人の息子を育てた。来月、スウェーデンで行われる浩さんのノーベル賞授賞式に同行予定。