人物

Shining輝き・ 20代若者の 大きな夢

浜松の人を笑顔にしたい

(2021年11月25日号掲載)

15歳の挫折

市川 宙(いちかわ そら)

1997年6月17日生。浜松市出身。Project FALDA.代表。高校3年次に全国高校フットサル大会で歴代得点王に。U-19フットサル日本代表候補に選出される。高校卒業後、アグレミーナ浜松入団。左膝故障で事実上引退。2021年Project FALDA.設立。フットサルチームOLION from Da arc.を創部して西部一部リーグ参戦。自らも利き足を変更して現役復帰、選手兼代表として活躍中。

幼稚園の頃にサッカーを始めてから、小・中学校とサッカー一筋の毎日を送っていた市川さん。しかし、中学校のサッカー部では一度も試合に出場することなく終わってしまいます。中高一貫校でしたが、高校のサッカー部に所属することは叶いませんでした。「当時の僕は身長150㎝もありませんでした。要するに体格的に無理と烙印を押されたんですね。未来はないと判断されても仕方なかったと思います」。

サッカーをあきらめ、高校ではボランティア部に入って清掃活動に取り組んでいました。そんなある日、遊びでフットサルを楽しんでいたところ、たまたまその様子を見ていたサッカーのイタリア人代理人の目に留まり、「イタリアに来ないか」とスカウトされることに。

日本代表候補に

まだ、高校生でしたがすぐにイタリアに渡り、セリエCのチームで約半年間サッカー選手としてプレーしました。帰国後はJ1リーグのチームの練習に参加するなど、新たな行き先を探しました。プロに手応えを感じながらもあまり興味が持てず、結局高校のボランティア部に戻ることにしました。「イタリアでのプレーがあまりにもハードで刺激的、魅力的でしたから。当時の僕は生意気にも日本でのプレーに物足りなさを感じていたのです」。

そんなときに出会ったのが同年齢のフットサル選手。「全く歯が立たないすごい選手がいることに衝撃を受けました。その選手を倒すために、敢えて対戦ができる別のフットサルチームに加入。目指すものが見え、闘志があふれてきました」。結果、全国高校フットサル大会でベスト4入りを果たし、個人としては得点王に輝き、U-19の日本代表候補にも抜擢されたのです。

高校卒業後は、地元のフットサルチーム「アグレミーナ浜松」に入団するも、左膝のけがにより20歳で事実上の引退へ。その後は、都内で芸能活動や経営の勉強をして4年間過ごしました。

夢を閉ざされ見えた大きな夢

若くして夢を絶たれ、多くの挫折を経験した市川さんが得たもの。それは「ひとりの羽が集まり翼になる。誰もがヒーローや主人公になれる。いつでもどこででも、みんながヒーローになって羽ばたけるという才能の可能性」に気付いたことだといいます。

浜松に戻って、2021年、かつてライバルだった仲間たちとフットサルチームの運営事業やスクール事業などを行う「Project FALDA.」を立ち上げました。

「今の僕があるのは、多くの方々との出会いのお陰。そうした方々に恩返しがしたいんです。生まれ育った浜松のために、次代を担う子どもたちのために、感謝の気持ちを持って、新たな夢『浜松の人々の笑顔を増やすこと』を実現したいと思っています」と、自らの経験を生かし子どもたちの役に立ちたいと力強く語る市川さんです。

Project FALDA.プロジェクト ファルダとは

①フットサル費用の全面負担、スポンサー企業のPR活動など、新しいスタイルでフットサルチーム「OLION From Da arc」の運営。②ジュニア世代を対象に、サッカー&フットサルの指導を行うフットボールスクールの運営③主催イベントの企画・運営・実施事業の展開。

フットサルスクールOLION From Da arc

フットサルを通じ、物事や他人の本質を見抜く力を備えた一流の人間を育てるスクール。