特集

来年の大河ヒロイン

井伊直虎を盛り上げよう!

(2016年5月26日号掲載)

井伊直虎

「女地頭」と呼ばれた戦国時代の女領主。遠江国井伊谷(浜松市北区引佐町井伊谷)を拠点とした井伊家の22代当主・井伊直盛の娘として生まれる。井伊家の男たちが次々と戦死・謀殺される中、当主の座を継いで井伊家断絶の危機を救った。龍潭寺で出家した際は「次郎法師」と名乗っていた。

井伊直政

永禄4年(1561年)、遠江国井伊谷の祝田に生まれる。父親である井伊家23代当主・井伊直親が謀殺され、直虎の庇護のもとに育てられた。後に徳川家康に仕え、四天王の一人として活躍した。

2017年の大河ドラマのヒロインに抜擢された「井伊直虎」。全国に浜松をアピールする大きなチャンスだけど、地元の盛り上がりはまだまだ足りない!......というわけで、歴史を通じて地域の活性を図る遠州信用金庫の守田泰男理事長と、歴史大好き浜松歴女探検隊のメンバーが「直虎で地域を盛り上げる方法」を語り合いました。

守田
井伊直虎が大河ドラマの主人公に決まりましたが、これは全国の人に浜松を知ってもらう大きなチャンスだと思う。少しでも地域を盛り上げられればと思い、遠州信用金庫では井伊直虎関連の資料を観光施設に貸し出しています。井伊直政が所用していたといわれている貴重な兜も地元の方から借りて展示しているんですよ。
歴女
私たち浜松歴女探検隊は、今から6年前に引佐で行われた「井の国千年祭」というイベントを機に結成されました。これまでは引佐生まれの戦国武将・井伊直政をもっと皆さんに知ってもらいたいと思い、観光ガイドをしたり、歴史を学べるすごろくを作ったりして活動を続けてきました。
守田
井伊直政というと、全国の人々はどうしても彦根市をイメージしてしまう。彦根市民の人たちの中にも、井伊家のルーツが浜松にあることを知らない人は大勢いるんですよ。大河ドラマをきっかけに、彦根市民の人たちに浜松をアピールしたり、彦根に観光へ来た人に「次は浜松へ」と案内したりできるといいですね。
歴女
井伊直政といえば、「赤備え」と呼ばれる赤い鎧を身につけた軍団を引き連れて活躍したという逸話が有名です。ですが浜松には、もう一つの「赤い鎧」にまつわる話があるんですよ。
守田
えっ、なんですか。
歴女
市内にある伊場遺跡からは、国内でも古い鎧が出土しているのですが、これが実は漆で赤く着色された鎧なんです。弥生時代といえば稲作が始まり、集落同士の戦いが始まった時代です。浜松は戦が始まった時代も、戦が終わった時代も「赤い鎧」が関わっているんです。
守田
それは知らなかった。歴史ファンはそういうところに注目するんですね。
遠州信用金庫本店内の直虎展に展示された井伊直政の兜
歴女
知らなかったことを知る喜びがありますし、活動を通じて多くの方々と出会い、交流することが何より楽しいです。井伊氏ゆかりの地を訪ねると、現地の方がいろいろと熱心に教えてくれます。その方たちが浜松に見えたときには、案内して一緒に歩くことで、逆に私たちが新たな発見をすることもあります。
守田
なるほど。地元の人々みんなが、観光に来た方たちに歴史や伝統文化を伝えられる「語り部」になれるといいですね。グローバルな時代だからこそ、私たちは自分の国や地域の歴史を知らなくてはいけない。それも教科書で知るだけではなく、現地へ行ってそこに住んでいる人の話を聞くことが大事だと思う。
歴女
井伊氏の井の字は水を意味するといわれているんですよ。直虎が暮らした井伊領は、豊かな水に恵まれた歴史ある場所です。浜松で一番古い土器が出土し、一番古い古墳があり、銅鐸も出土していて人々の活発な営みを感じます。これらを育む「水」を司っていたのが井伊氏のル―ツともいわれています。地質に恵まれ、数十万年前のワニ化石も出土していて「井伊領は大昔から歴史があって面白い」と話すことも(笑)。
彦根市
滋賀県彦根市。関ヶ原の戦いの後、井伊直政は近江国佐和山藩の初代藩主となる。直政の死後、彦根城が完成し、彦根藩が成立。幕末には大老・井伊直弼を輩出した。
守田
今の話はびっくりだね。そういう歴史の知識を知った上で観光するのとしないのとでは、浜松の印象がまったく変わってくると思う。
歴女
私たちは史跡を巡る時、想像の翼を広げて楽しんでいます。直虎はどんな思いで井伊谷城から領内を眺めていたのだろう?直虎は古墳時代の天白磐座遺跡で、遠い先祖の話をしたのかな?などと想像するといつもの景色が一変し、直虎を身近に感じることができます。それぞれの直虎像を描きながら、ゆかりの地を巡ると楽しいです。
守田
私が思うに浜名湖は魅力あるスポットだけど、一カ所に何かが集中しているのではなく、周遊して初めて魅力が分かるんだよね。だから、浜名湖の歴史と景色を楽しめるサイクリングロードが提案できるといいと思っているんだ。舘山寺の大草山をゴールにして、今まで走ってきたコースを一望できる仕掛けを作るとか。演出方法が大切だと思う。
赤備え
具足や旗指物などをすべての武具を朱塗りにした部隊のこと。戦国武将・武田信玄が擁した騎馬部隊が赤備えで勇名をはせ、武田家滅亡後は井伊直政が配下に組み入れた。大阪の陣で真田信繁(幸村)が自軍の軍装を朱一色にした逸話も有名。
歴女
2年前、仲間を遠州灘から引佐へ案内したのですが、マニアックかな?と心配していたらとても新鮮で面白かったと喜んでいただけました。浜松駅からスタートして、白羽海岸から遠州灘を見る。浜名湖の今切の絶景を見ながら、新居を通り、湖岸を北上して引佐へ行くコースです。途中、「地震によって今切口が開いた」「細江神社の御神体は新居から津波によって運ばれてきた」という話をすることで、浜名湖の地形を知ってもらいながら歴史を理解してもらうことができました。
守田
浜名湖を舟で渡れるようになれば最高だね。例えば新居と気賀を舟でつなげば、1日で2つの関所を見ることができる。浜名湖周辺の各地域が連携することで情報発信も高まっていくんじゃないかな。早速、歴女探検隊さんが作った資料も、我々のホームページに掲載させてもらいますよ。
伊場遺跡出土木製よろい
柳の木で作られた胸当てと背当てで、弥生時代後期の遺物。赤と黒の漆が塗られている。実用品ではなく祭祀の場で使われたものと考えられている。
パンフレット
浜松歴女探検隊が手掛けた資料やすごろく。イラストが豊富で、井伊家の歴史を楽しく知ることができる。