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インタビュー

分かれ道、どっちに行っても一生懸命!株式会社ハマキョウレックス 代表取締役会長 大須賀正孝さん

浜松をリードする人物にインタビューするこのコーナー。4月からリニューアルし、夢実現や自己磨きの極意を聞いていきます。今回は物流大手・株式会社ハマキョウレックス会長の大須賀正孝さんです。

 

key120426A.jpg 【Profile】
1941年、浜北市(現・浜松市)生まれ。1956年、北浜中学卒業。青果仲介業などを経て、1971年に浜松協同運送を設立。1992年に現在の社名に商号変更。2003年に東証一部上場。社長業のかたわら、静岡県トラック協会会長なども務める。家族は妻と一男一女。



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好きな言葉「心」
人と接するときはいつも相手の心を大切にしたいと思っています。自分の言葉や態度が人の目にはどう映っているか。相手の気持ちになって言葉を選べば、こじれず、きちんとした話ができるはずです。

ハマキョウレックスってどんな会社?
浜松市南区寺脇町に本社を置く物流会社。1990年代初頭、従来のトラック運送業から3PL(サードパーティー・ロジスティクス)会社に転向し急成長。3PLとは荷物の保管や仕分けなど物流センター内の作業から運送までをトータルに行う業態のこと。2011年度の売上高は315億7687万円。社員数641名、臨時雇用者3269名。


ー物流企業としての夢は?

事故ゼロで地域に貢献
私たち物流会社は、公共の道路を使って物を運ぶのが仕事。普通の会社は工場などの設備を自分たちのお金で作りますよね。ところが運送屋はトラックがあれば商売ができる。4月に新東名が一部開通したのも大きなプラスですし、そんな恵まれた立場で交通事故などを起こしたら皆さんに申し訳がないでしょう。事故ゼロを目指すため、この2~3年の間にすべてのトラックへ運転時の映像を記録するドライブレコーダーを取り付けたいと思っています。


ー人生の岐路はありましたか?

世界王者の夢を断念
私は10代のころ、ボクシングにのめり込んでいました。中部地方のバンダム級チャンピオンにまで上り詰めたんですよ!そこでプロになろうと親に黙って上京したのですが、あるとき母親にバレて「ケンカをさせるためにお前を育てたんじゃない」と涙ながらに怒られた。11人兄弟の10番目だった私を生んでくれた母親には感謝の気持ちがあったから、申し訳ないと思ってその時に世界王者の夢をすっぱりとあきらめたんです。

key120426C.jpg そこからトラック1台で運送事業を始めました。私は会社に勤めても上司とすぐにケンカしちゃうから(笑)。自分の責任で何かをやる方が性に合っていたんでしょうね。違う道に進んでも一生懸命やればその業界のチャンピオンになれると思ったのです。


ー強く生きるための秘けつは?

悩むヒマがあれば前進
最初から強い人間などいません。大切なのは前に進もうという気持ちを常に持つことです。ただ困っているだけでは結果は出ない。悩んでいるヒマがあったら、自ら問題を解決するために行動をしましょう。私もオイルショックのときは「4人家族で1日1000円」という極貧生活を体験しましたが、必死になって営業活動をしたら少しずつ仕事をもらえるようになった。一生懸命やれば分かってくれる人は必ずいるものです。

日課は寝るときに1日を振り返ること。思い返しながら「失敗したなぁ」と思ったことは、次の日にすぐ挽回するように心がけていますね。人生80年と考えると、日数にしてたった3万日しかない。そう考えて1日1日を大事に生きていますよ。

(聞き手/編集室 鈴木淳博)

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